クリスマスにまつわるひとつの話(黒虹白)

  • 2016.12.24 Saturday
  • 22:41

ペットショップ夢幻楼のSS

(黒雨と虹原、白崎も少し)

 

 

*******

 

 

 

 

 

 

 駅前で、知った顔を見つけた。


「うげっ、黒雨」


 彼女は、いや、彼はというべきなのだろうか。僕には分からない。性同一性障害というよりは過去の経験から女性となることに存在意義を見出した――虹原真矢とは、そういう男だ。そのあたりの事情を僕が探ろうとすれば傷付けてしまうのは明らかなので、互いの内側に踏み込むような会話を交わしたことはない。
 とはいえ、どれだけ気を使ってみたところで虹原くんの方は完全に僕のことを敵視しているというのだから報われない話ではある。今も彼は僕の顔を見るなり失礼な呻き声とともに、盛大に顔をしかめてみせた。


「なんでここに……」
「なんでって、今日という日のことを考えれば目的は知れたものだと思うけど」


 商店街の方角からは、微かにクリスマス・ソングが聞こえてくる。天馬駅はさほど大きくはないのでクリスマスツリーのようなものは見あたらないが、代わりに改札近くのケーキ屋にはサンタ・クロースの衣装を着た若い女が立って、往来の客にケーキを勧めているのだった。


「今日という日って」
「クリスマス・イブだよ。君こそこんなところで油を売って、店の方はいいのかい?」
「ギンくんとデートするために、自腹でバイト雇ったんだよ」
「まあ、そんなことだろうとは思ったけど……」


 いわゆる童貞殺しと呼ばれるような、フリルのあしらわれた丈の短いワンピースに淡いピンクのコートを合わせた勝負服は、僕に言わせれば見え透いている。フェミニン系避けたのは、弟くんに年齢差を意識させないためだろう。そうでなくても虹原くんは顔立ちがはっきりしているから、系統によっては美人の凄みが出てしまう……って、しまった。
 つい相手の心理状態を探ってしまう。こういうところが虹原くんのことを不快にさせるんだろうとは分かっているが、職業病なので仕方がない。
 僕の視線になにかを察したのか、虹原くんは両手で体を隠すような仕草をしながら訊き返してきた。(どうでもいいけど、変質者扱いされてるみたいで嫌な感じだよな)


「そういうあんたは、デート……じゃないか。女嫌いだもんな?」
「女性が嫌いなわけじゃないよ。これでも前よりは、かなりよくなってる」
「じゃあデートなわけ?」
「いや。灰守とギンくんを誘いにきたんだ。今夜は両親がデートへ出かけるから、遊びに来ないかと思ってね。クリスマスイブの夜に一人で食事というのも味気ないだろう」


 つまり僕の目的も、虹原くんとほぼほぼ同じというわけだ。それを理解した彼の目が、みるみるつり上がっていく。


「うわっ、あんたもギンくん狙いかよ!」
「灰守も誘うって」
「前からあやしーと思ってたんだ。雅くんと友達っていうわりに、ギンくんのことばっか構うし。七割増しくらいで世話焼くし。本性表したな、腹黒センセー!」
「いや、だから灰守も誘うって」


 なんなら君も来ていいよ、と付け加えてやるのだが。彼ときたら聞いちゃいない。男性のように粗暴で、女性のように理不尽な人間なのだ。彼は日本人にしては明るい琥珀色の瞳で(多分、カラコンなんかを入れているんだろう)僕を睨み付けると、ビシィッと人差し指を突きつけてきた。


「ぜってー負けねえ。〈夢幻楼〉まで競争よ、黒雨!」
「いいけど。その恰好で走るの、君」


 ヒールの高さこそ控えめなものの、デザイン性の高い白のパンプスは死ぬほど走りにくそうだ。けれど彼はついと顎を上げて、小憎らしく鼻を鳴らしてみせた。


「あたしの女子力舐めんな!」


 そんな叫びを残し、ダッと駆け出していく――


「女子力は無関係じゃないかなって。いや、そうでもないのか。露出の高い寒そうな服に、走りにくそうな可愛い靴。おしゃれイコール忍耐、イコール女子力なのかも」


 思わず感心してしまったところで。
 彼の姿が思いのほか小さくなっていることに気付く。


「おっと、いけない」


 むきになるようなことでもないけれど、こう見えて僕は負けず嫌いなのだ。軽く膝を屈伸させると学生時代を思い出す。あの頃の競争相手はもっぱら灰守のやつだった。
 乾いた唇を一度だけ舐め、走り出した。息が白くなるほどに冷たい風に刺され、露わになった頬がぴりぴりと痛む。大の大人が二人、商店街を疾走していく姿は傍から見れば相当に滑稽だろう。「あ、黒雨先生」「心療内科の」「今日は白衣じゃないんですね」(言っておくが、僕はいつも白衣を着ているわけじゃない)と、声をかけてくる顔見知りに今日だけは愛想笑いも返さず虹原くんを追いかける。啖呵を切ってみせるだけあって、なかなか早い。


「でもま、パンプスの限界ってあるよな」


 商店街を駆け抜けて例の路地へ差し掛かる頃には、その差は一メートルほどにまで縮んでいる。虹原くんは後ろを振り返って僕の姿を確認すると、うげえっと乱暴に呻いた。


「なんで追いついてきてんの、黒雨!」
「足が遅いなんて言った覚えはないけど」
「だって、見るからにインドア派じゃん!」
「こう見えて、学生時代は運動部でエースだったんだよ。お姉さんから聞かなかった?」
「イケメンで頭もよくて運動部のエースとか、嫌みの三乗!」
「ついでにぼんぼんだってのも、付け加えておいてほしいな」
「自分で言うか?」
「ま、嫌みついでにね」
「鬱陶しいなあ、もう」


 毒づきつつ。大人ひとりがようやく通れるような狭い路地に、虹原くんが体を滑り込ませていく。そのあとを追って抜けると、またまた見覚えのある顔がぎょっとしたように振り返ってきた。


「えっ、えっ、虹原さんに、黒雨先生」


 紙袋を片手にゆるりと坂道を上っていたのは、ギンくんの同級生――白崎陽介くんだ。年のわりに寡黙で表情を変えることの少ない彼が、路地から急に出てきた僕らに驚いて目を丸くしている。


「白崎くん、君も灰守の店へ?」
「あ、え、そうですけど……」
「なんですってー。しゃーない、あんたもまとめて相手したげる。さ、走りな!」


 追い抜きざまに虹原くんが、白崎くんの背中を叩いていく。


「えっ、なんですか」
「灰守の店まで競争しているんだよ」
「競争?」
「そ。この分じゃ、君が最後だな」


 説明しつつ、僕も彼を抜いていく。灰守の店まで、残りはずっと上り坂だ。さすがにペースの落ちた虹原くんの隣に、ようやく並んで追い越した。


「ふふっ、僕の逆転勝ちだね」
「まっ、まーだまだっ! あたしの底力、見せてやるよ!」
「無理すると明日あたり筋肉痛で動けなくなるんじゃないかな」
「そういうあんたはおっさんだから、筋肉痛もすぐには来ないのよねえ」
「おっさんて。僕はまだ二十七だよ」
「四捨五入したら三十路だろ。あたしはまだ二十三だしい」
「そうやって余裕ぶっているけど、二十代はあっという間だからな……!」


 あ。なんか負け惜しみっぽくなってしまった。
 かぶりを振りつつ、ラストスパートをかけるべく速度を上げる。こういうとき、やっぱり灰守との勝負を思い出す。勝敗はいつだって五分だった。灰守はあの頃から涼しい顔で、僕ばかりがちょうど今の虹原くんのようにむきになっていたような覚えもある。


「昔のことをよく思い出すようになったって、これってやっぱり歳を取った証拠かな」
「なにしみじみしてんだよ! あんたのそういう余裕ぶったとこ、めちゃくちゃ腹立つ!」


 後ろから伸びてきた彼女の凶器のような手が(いや本当に、つけ爪で飾った手は凶器だと思う。刺さると痛いし)はためいていたコートの裾をわしっと掴んだ。


「あんたにだけは負けたくねえ!」
「ずっと思っていたんだけど、君、僕の前だと完全に男だよな」
「だって、あんたはギンくんじゃないもーん」


 あっさり言って、コートを掴む手に力を込めてくる。


「妨害は卑怯だろう」
「ルールを決めなかった黒雨が悪い」
「決める前に、君が走り出したんじゃないか――って、なんで僕の背中によじ登ってくるんだ」
「ふふふ、これもあんたを疲れさせるための作戦よ」
「妖怪か君は……」


 ああもう。これじゃいつまでたっても坂の上へたどり着けない。
 坂の上の三叉路に佇む青い店は、もう目の前まで見えているというのに。閑静な住宅街の真ん中で中学生のように騒ぐ僕らの横を、すっと風が通り抜けていった。


「お先に」


 と。淡白な声が、遅れて聞こえてくる。
 はっと視線を前へ戻すと、紙袋を抱えた白崎くんが軽やかに坂を上っていくのが見えた。


「あ」
「あー!!」


 虹原くんと二人、声が綺麗にはもる。


「っていうか白崎くん、しれっと混ざってくるよな……」
「競争と言われたら、元陸上部として参加しないわけには」
「まあ、そういうものなのかな」


 なんにせよ、白崎くんのゴールであっさり勝敗が決してしまった。がっくりと項垂れる僕の背中の上で、虹原くんも脱力している。


「うそー。ダークホースすぎ……」
「君が余計なこと言って、彼のことを煽るから」
「うっさい。もう仕方ないから、このままギンくんとこまで直行よ。黒雨」
「まあ、いいけど。どうせ靴擦れでもしたんだろうし」


 溜息交じりに呟いて、虹原くんを背負ったまま歩き出す。彼は、遠慮も容赦もなく体重を預けながら、背中の上でぼやいている。


「やっぱ、あんたってやーなやつよね」
「やなやつだったら、君のことを負ぶってやったりはしないんじゃないかな」
「靴擦れしてることに気付いて、それを口に出して言っちゃうところが無神経」
「女性相手だったら言わないよ」
「そういうところも嫌い」
「知ってる」


 およそ六十キロの重りを背負ったまま(と具体的な数字を口にすると、また無神経だ嫌いだと言われてしまうんだろう)やっと店の前に辿り着く。この寒いのに先に入らず待っていた白崎くんが、苦笑交じりに「お疲れさまです」と労ってくれた。


「で、二人はなんで競争なんてしてたんですか?」
「ギンくんとのデート権をかけて!」
「じゃなくて、まあ多分君と同じだよ。生憎、暇なものでね」


 言いながら、僕は露骨にならない程度に彼が抱えた紙袋を覗き込んだ。中身はホールケーキだ。ただ置きにきただけということもないだろうから、パーティーでもしようというんだろう。白崎くんは「はあ」と、やっぱり不思議そうに首を傾げて店のドアに手で触れた。自動ドアが左右に開いて、中からギンくんが顔を出す。


「あ、白崎! ありがとな。お前ばっか早く呼び出して、ごめん」
「俺ばっかっていうか、黒雨先生と虹原さんもいるけど」


 白崎くんの言葉でこちらに気付いた弟くんが、ぽかんと口を開ける。


「あれっ、苦労センセーとマヤさん。なんでいるの?」
「なんでって」


 珍しく困惑した弟くんの様子に、僕はやっと気付いた。ああ、やってしまったな。

 学生同士のクリスマスパーティーに、空気も読まず突撃してしまった――そんな雰囲気だ。


「あたしたち、ギンくんのこと誘おうと思って。クリスマスだし」


 虹原くんも察したのか、背中の上で小さくなりながら蚊の鳴くような声で言った。


「連絡もしないで来て、ごめん」


 酷くしおらしくなってしまった彼のことをどうフォローしようか考えていると、我に返ったらしい弟くんが今度は怪訝そうな顔で言った。


「もしかして二人とも、携帯見てない?」
「携帯?」
「店でパーティーするから、夕方から来れないかって。送ったんだけど」


 その言葉に――


「え?」


 虹原くんと二人、顔を見合わせて(近い)慌てて携帯を確認する。


「あ」
「本当だ……」
「いつもマナーモードにしてるから、気付かなかった」
「僕も」


 愕然とする僕らを見て、弟くんがぷっと吹き出した。


「苦労センセーもマヤさんも、変なところで抜けてるよなあ」
「う」
「でもま、二人がそんなに気合い入れて誘いにきてくれて嬉しいよ。メリークリスマス」


 いつものようにニカッと笑う。疲れなんてさっと吹き飛んでしまうような、底抜けに明るい笑顔だ。それを見られただけでも、虹原くんと靴底を磨り減らしながら走ってきた甲斐があったというものだろう。なんとはなしに虹原くんを見ると(近い)彼も、にっこりと頬を緩めていた。目が合って、これまた我先にと弟くんに告げる。


「メリークリスマス、ギンくん」

 

 

 

 

 

 

END.

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